ご挨拶
1998年5月、「第2回世界女性スポーツ会議」に参加するために、初めてアフリカのナミビアという国に行きました。刺激的でした。今までに味わったことのない躍動感でした。
1995年、第4回国連世界女性会議が北京で開かれ、「北京行動綱領」に書かれた内容を行動に移す動きが世界中で始まっていました。日本もこれに署名した国として、「男女共同参画社会基本法」を制定するための準備に入っており、この頃の日本は、あちらこちらで「男女共同参画」という耳慣れない言葉が聞かれました。
アフリカからの帰国後、この世界的な「女性スポーツ」ムーブメントの盛り上がりと、国連レベルでの「女性」ムーブメントが一致しているということに気づくには、何ヶ月もかかりました。そして、そのことに気づいた瞬間に、誰かが、何らかの組織を持って、このスポーツ界における「女性スポーツ」のムーブメントと、国連レベルで動き出した「女性」ムーブメントが一致していることを証明しながら、大きなうねりを起こす必要があることを確信しました。それが1998年10月でした。
さらに、このムーブメントを起こすために最も相応しいと思われる組織形態として、同年に「特定非営利活動法人促進法」が成立し、「NPO法人(特定非営利活動法人)」が誕生しました。そこで、最低10名で成立可能なNPO法人を持って、ナミビアの会議で発表となった“2006年に「第4回世界女性スポーツ会議」をアジアで開催する”という社会的動きを活用し、日本そしてアジアに、スポーツ界における「男女共同参画」という概念を広げようという構想を固めました。
全く、夢のような構想でしたが、NPO法人ジュース(Japanese Association for Women in Sport: JAWSからAをはずして、JWS:ジュースと読めたので命名)の設立総会に参加してくれた13名の方々によって、8年構想がスタートしました。設立総会で相馬洋三氏作成のロゴマークをJWSのシンボルとして決定。このロゴマークがJWSの全てを表すものとなっていることは明らかです。
役員、会員そしてスタッフたちの信じられないような献身的な努力と結束力で、8年間、突っ走って参りました。今は本当に感謝の気持ちでいっぱいです。当初より8年間の長期計画を立案し、なり振り構わず突っ走ってきました。
2001年の「第1回アジア女性スポーツ会議」開催という前半戦の目標を達成し、そして後半戦の2002年からは「2006世界女性スポーツ会議くまもと」を開催するため、国際女性スポーツワーキンググループ(IWG)、またアジア女性スポーツワーキンググループ(AWG) の事務局を担い、世界の「女性スポーツ」の情報発信の基地としての活動もしてきました。この間、多くのスポンサー企業および関係者・組織の皆様には、JWSのあらゆる活動を実施する上で多大なご支援をいただきました。この場をお借りしまして、深くお礼申し上げます。
2006年5月14日、「2006世界女性スポーツ会議くまもと」は大成功に終わりました。中間見直しを行った内閣府の『男女共同参画社会基本計画』には「スポーツ」という記述がしっかりと入りました。また、文科省の『スポーツ振興基本計画』改定の際には、これまで記載されていなかった「女性」という視点でのスポーツ振興が記載されました。
「女性」のムーブメントと「女性スポーツ」のムーブメントの架け橋を目指したJWSの8年間でしたが、ここに一つの成果を遂げることができたと思っています。関係者各位に対して、お礼の気持ちを表すためにも、女性スポーツとJWS活動の軌跡を綴った冊子を作成いたしました。
これからは“新生JWS”が、日本及びアジアの女性とスポーツの発展のために貢献していくことになります。引き続き、ご支援ご協力を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
2007年1月
NPO法人ジュース(JWS) 理事長 小笠原 悦子

