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女性スポーツとは

なぜ、女性スポーツなのか
*野球やサッカーなど長年にわたってスポーツの主流であった男性スポ ーツに加え、 様々な女性スポーツがメディアをにぎわせています。地域 スポーツやフィットネス センターでは爽やかな汗を流す女性の姿が目立 ちます。学校では女子生徒が様々な スポーツクラブに進出し、参加者 数も男子に引けを取りません。

*今や女性にとってスポーツはかけがえのない文化となっています。ま た、スポーツは 人との交流や健康、心身のリフレッシュ、健康的な容姿 など様々な付加価値も備えています。 つまり、女性がゆたかに生き抜く ためにスポーツは重要な価値を持つものといえるでしょう。

* 作業を繰り返すことが必要となります。このことは、単にスポーツと女性 との関係を 見直すことにとどまらず、社会と女性との関係を見直し、より ゆたかな女性の生き方を 実現することになるのです。

*では、女性スポーツがどのように誕生し、今どのような状況にあるの か、 更なる発展のためにどのような課題があるのかについて概観して みましょう。

女性スポーツの誕生

*19世紀の終わりになって、ようやく女性がスポーツを楽しむ時代がやっ てきました。 それも、はじめは、上流階級の女性たちが、乗馬やアーチ ェリー、ゴルフ、テニス、 スキー、スケートなどを行っていたに過ぎませ ん。

* 近代オリンピック大会に女性が選手としてはじめて登場するのは、1900 年の第2回パリ大会です。 種目は、ゴルフとテニスの二つだけでした。 この後、女性のオリンピック種目は、 少しずつながら増えていきます。 けれども男性の反対によって、正式種目にならないものも ありました。 女性たちが「男性と同じようにスポーツを楽しみたい」という気持ちを社 会に強く アピールしたのは、1920年代になってからです。1921年に「国 際女子スポーツ連盟」が誕生し、 女性たちの強い願いを代弁したこと で、1928年第9回アムステルダム大会から女子陸上競技が 採用され ました。その頃は、女性が陸上競技をすることに反対する男性が多かっ たのです。

*日本では、1920年頃(大正時代末)から高等女学校の生徒たちがテニ スや水泳を行うようになります。 女学校どうしの対抗戦や女子の地域 大会が次第に開かれるようになり、陸上競技や水泳、 野球、テニス、 バレーボール、バスケットボールなどの種目を行う総合的な全国大会が 最初に 開かれたのは1924年頃のことです。国際大会に日本の女性代 表選手を送るための組織として、 「日本女子スポーツ連盟」が作られた のは、1926年のことでした。

女性スポーツの今

*女性66.9%、男性77.1%。これは、1年間に運動やスポーツを行った成 人男女の割合です (総理府、1997)。総理府の調査が開始された1957 年には、女性約7%、男性約23%で あったことからすれば、この40年間 で男女とも飛躍的な伸び率を達成したといえるでしょう。 今や、たくさん の女性が地域で、学校で、競技大会でとスポーツを思い思いに楽しん でいます。

*1998年の長野オリンピックでは、日本選手団の構成は女性66名、男性 100名で、女子29種目、 男子36種目、混合3種目が行なわれました。 ちなみに、1996年のアトランタオリンピックには、 女性150名、男性160 名が出場し、女性もメダル獲得に大いに貢献しました。

*学校においても、1989年の学習指導要領改訂により、それまでの「女 子はダンス、男子は格技」 と別修であった中学、高等学校の体育授業 が共修となり、現在では、男女混合(共習)授業の 報告も多数なされて います。 

女性スポーツの未来

*制度上や数字の上では、スポーツにおける男女の差は小さくなってきた ようにみえます。 しかし、女性スポーツには、まだまだ残された課題がたくさんあります。 成人女性のスポーツ参加率が成人男性に比べてこれまで常に低いとい う状況は、固定的な性役割や 能力観が影響しているように思われます。例えば、子育て期にある女性の場合、子どもを預けて スポーツをす ることに対する周囲のまなざしは、父親に対するものとは大分異なるよ うです。

*また、女性リーダーの少なさも問題です。コーチやスポーツ組織の役 員、体育教師、研究者、 どれも女性の占める割合が非常に低いので す。地域スポーツを担う体育指導委員の男女構成をみると、 約6万人の 指導委員のうち女性は約1万5千人と全体の4分の1にすぎません (1996年)。

*学校体育実践においても、知らず知らずに「女らしさ」「男らしさ」を求め、 性の固定化を 再生産するという隠されたカリキュラムの問題もありま す。

* 「女らしさ」「男らしさ」の窮屈さを感じている人は少なくありません。その 窮屈さから 一人ひとりが自由になり、女性も、そして男性もその「性」に とらわれずにいきいきと スポーツを享受できる社会づくりが急務です。